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予測可能な危機

060930 錆びた鉄。折れそうな土台。建物の外に取り付けられた室外機が非常に危ない状態にある。下は多くの人が往来する歩道。万に一つあるかないかの落下する確率をどう見るかは人それぞれだろうけど、とりあえず当面自分にできることは、その下を通らないことだ。

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栗ご飯にもみじ

060929 仕出しのお弁当ではあるが、秋の味覚にありつくことができた。ほっくりした栗にご飯。それに赤いもみじを添えてあると、もうそれだけで十分、という気持ちになる。つい、「四季のある日本で良かったねぇ」という言葉が出るひととき。

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飴の川

060928 「あめ」は「あめ」でもこういう「あめ」なら大歓迎。今なら真夏のようにドロドロになることもない。街角でこういう飴の川を見てしまうと、心はすっかり子供気分に戻っていく。

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雨に打たれて

060927 昨夕とはうって変わって、今夜は雨風がひどい。こんな日はろくな写真が撮れないや、と半ば諦めつつ、雨に打たれて黒ずむ裸の木を写して見る。すると、ケータイのカメラが勝手にそれなりの写真を撮ってくれる。まあそういう一枚もあっていいかと。

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夕暮れの街

060926 今日は、当初の天気予報が少しずれ、かろうじて天気がもったようだ。雲と雲の間の狭い空間が夕焼け色に染まり、やがてその茜色は空全体に薄まりながら広まって行く。この時間の街は、ほどほどに闇の覆いがかぶさるため、余分なものが見えなくなってきれいだ。これからがすっきりとした秋本番。こんな素敵な夕暮れを何度目にすることができるだろうか。

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いいお天気だから

060925 所要の帰り、乗換駅の新宿。あまりの天気の良さに、まっすぐ帰れなくて都庁の展望室に立ち寄る。下から見ればすっきり見えていた東京の空も、上から眺めればしっかり霞んでいて、残念ながら遠くの山並みまでは見通すことができない。それでも、凸凹した東京を改めて感じるには十分の視界だった。

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トルティーヤスープ

060924 ここに一人で来てもみんなで来ても、暑いときも寒いときも、必ずといっていいほど頼む「トルティーヤスープ」。特に、温かいもの、スパイシーなものが欲しいときには欠かせない一品。チキン、アボガド、トルティーヤにライムを加えシチューのようにどろっと仕上げたこのメニューは、私の心の栄養源にもなる。

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ひねり

060923 腰の辺りをきゅとひねり、背筋をぴーんと伸ばす。これはウエストにきくポーズだ。

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うろこ

060922 朝からもこのうろこ雲が空いっぱいに広がる。きれいといえばきれいだけど、秋の空の特徴とも違い、ネットの一部では地震雲と騒がれている。とりあえず一日近辺での地震はなかったようだが、ここ一週間ぐらいは要ウォッチとのこと。かといって、どうこうするってことではないのだけど。

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共振

060921 誰かが何らかのアクションを起こせば、それがある形で周りへ伝わってゆく。次から次へと波及していく姿は、シンプルであればシンプルであるほど美しい。人の心を振るわせることは、それほど単純化して考えることはできないが、それでも、共感する、共鳴する、というのは、原理的には同じではなかろうか。

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黄色い星

060920 花びらの先っぽをよく見てみると、黄色い小さな星がついている。ぴかっ、ぴかっ、ぴかっ。じっと眺めているとチクッとやられそうだけど、それでもつい吸い寄せられてパチリ。

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ロールシャッハ

060919 まるでインクを垂らしてうまく紙を折り重ねてできた模様のような花びらの中。もっとも五枚にうまく折り重ねるのはかなり困難だと思うのだが。

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紅色の橋

060918 おそらくとっても意味深いことなのだろうけど、モノトーンでがっしり系のお城に、朱色ではなくこってりした紅色の橋という取り合わせには、違和感を感じざるを得なかった。これが朱色だったらまだそれほど目にも留まらなかったと思うのだが、紅というのは艶かしさを想起させるだけに、この松本城に合致しているのかどうか、確かめてみたくなった。

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赤く赤く<9/17(日)分>

060917 東京都心では緑が黄色にやや色づき始めたところだが、少し山の中に入っていくと、すでに紅葉をはじめているものがちらほらと目に付く。赤く赤く炎のように燃え上がる。命の最後のきらめきの季節はもうここまでやってきている。

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親子

060916 子供と大人が一緒に居ると、「はは~ん、なるほど、この親にしてこの子なんだ」と、納得してしまうケースが非常に多い。顔のつくり、瞼が一重で・・・といった特徴もさることながら、子供が親のミニチュアに見えてしまうのは、その仲の良さゆえか。

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秋の味覚

060915 今日は少しだけ贅沢に・・・ということで、銀のぶどうのケーキを並んで買って帰る。秋ということで、栗やかぼちゃ、ぶどうをあしらったユニークなケーキが多い中、買い求めたモンブランは、上部のマロンクリーム、中身のクリーム、そして下のさくっとしたベースにいたるまで、抜かりなく美味しかった。

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名前

060914 人々それぞれに割り振られた名前。その一つ一つは違っても、それはあくまで便宜上つけられた名前を継承し、お互いを区別するために使用しているに過ぎない。

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優先順位

060913 公共施設やデパートのエレベーターでは、本当にそれを必要とする人が乗れない、ということが非常に多くなっているらしい。例えば、ベビーカーや車椅子の人たちはエスカレーターに乗ってはいけなくて、エレベーターを使用するよう促される(危険をおして乗ってしまう場合は別として)。しかし、いざエレベーター待ちをすると、階によってはいつも満員で、いつまでたっても乗れないことが多いらしい。それゆえ、何基もある場合はその一部を専用エレベーターにするか、はり紙などで優先を明確にする、といった手立てがとられている。本当は、一人一人が優先順位をちゃんと考えればそんな必要ないはず。でも、もはやそういうことに期待できる世の中ではないのかもしれない、と思うとちょっと悲しい。

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橋の向こう側

060912 その橋をちょっと渡るだけじゃ風景も何もそんなに変わるもんじゃない・・・と思いきや、向こう側から見た景色は案外別物だったり、予測もしないものが見えたりするものだ。頭の中だけで考えてないで、可能な限り自分の目で足で確かめる。実地で得られる体験はとても貴重なものだから。

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でっぱりが気になる

060911 たぬきがずらりと並ぶのはなかなか愛らしいが、それでもやや下から眺めると、どうしても視線がそのお腹に集中してしまう。やっぱり、そのでっぱり、気になりませんか?自省をこめて。

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むぎゅっとつぐむ

060910 いわゆる夏が終わっても、頑張って咲いている朝顔たちがいる。もうほとんど見向きもされず、しぼんで枯れるのを待っているのが多い中、むぎゅっと口をつぐんで最後の主張をしている花もいる。

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そこに階段があるから

060909 その階段の先は暗くてよく見えない。でも、何となく続いているような気はする。こんなときは、自分の直感を信じて歩き出す。たとえその先に何が待っているとしても、それが自分の選んだ道なのだから。

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貝埋み

060908 水揚げされ、第二の人生を白い小石の間に埋められて過ごす貝。見た目にはきれいな飾りとしておさまっているのだが、果たして貝の心境やいかに。

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コーヒーブレイク

060907 誰かといれば保てるパワーも一人になると急速にダウンしがちな秋。それでも何とか自分を奮い立たせなければならない時は、まず一息。渋みと酸味がぎゅっとつまったエスプレッソもいいが、一度体をリラックスした状態に置きたい時に注文するのがカフェラテ。たっぷりのあたたかいミルクがコーヒーにしっかり丸みをつけてくれて、胃にもいくらかやさしくなる。さて、次、そろそろとりかかるとするか。

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東京オリンピック

060906 2016年。果たして東京にもう一度オリンピックはやってくるのだろうか。前回の東京オリンピックを知らない世代としては興味深いところだ。日本の立候補都市に選出された東京都は、これからマドリードやリオデジャネイロなどと戦うことになる。もし勝算があるとすれば、やはり経済力なのか。話題の東京都庁五輪ライトアップも、湿気が高かったせいか、やや精彩を欠いているのが気になった。

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いがいが

060905 九月になった途端、店頭に梨や栗といった秋の味覚が並び始めた。そういえば、小さい頃はよく栗拾いに行き、鎌と足を使っていがから栗を取り出し、栗ご飯だと言われれば泣く泣く外の皮剥きと渋皮剥きをさせられたものだ。剥き身しか目にしたことのない今の子供たちにとっては、こういったいがいががいたずらするときの遊び道具ぐらいにしか見えないのかもしれない。

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安易に使うべからず

060904 土曜日のいただきもの。何でも鎌倉産とのこと。わぁきれい!美味しそう!とうがらしとパブリカだね!・・・と料理にパカパカ入れるとんでもないことになりそうだ。今はやりのハバロネ、ハラペーニョなど、とんでもなく辛い輩のオンパレード。さて、これ、どうしよう。観賞用には良いとしても、それだけじゃもったいない。さりとて本格的に料理に取り入れる自信はない。もしかして、虫除けに使えるのかな。

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サラサラ

060903 夕暮れ前の空は高く青く透き通っている。空に撒かれた白い砂のような雲。ぽちょぽちょと小さく固まった雲。小さく刻み込まれた雲。雑巾がけをすればひと拭きでスッキリしてしまいそうなぐらいあっさりした雲たちが、手の届かないところに陣取っている。ああ夏は、すでになつかしモードへ突入か。

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ツールかおもちゃか

060902 パソコンを本格的に使い始めて十年余り。あくまでツールと割り切っているせいか、あったら便利だろうなと思いながらもパソコンを日々持ち歩く生活はしてこなかった。ただ、キーボード付きのPDAをプレゼントでいただいた関係で、メモ帳代わりに携帯していた時代は少しある。ようやく本当に携帯できるパソコンライクなものがひょこひょこと登場してきた昨今。新しそうな機種を手に取り、比較しながらもつい撫でてしまうのは、まだそれらをおもちゃにしか見ていない証拠なのかもしれない。

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今日から九月

060901 たった一日で季節がごろりと変わるわけではないが、いよいよ秋だなぁと思うと、それだけで物悲しく思えてしまう。今日などは、日差しの傾きが大きくなり、日向と日陰が曖昧に感じられる。これから本格的な秋に向け、空は高くなり、風もすっきりしていくんだと思うと、しのぎやすくなるなぁと思う反面、時間を夏の盛りまで巻き戻してみたくなる。

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